昭和48年卒の同窓会が、5月27日(日)に、大会議室で開催され、あいにくの雨にもかかわらず、72名もの卒業生が集まった。
昭和48年卒は、麻布紛争において山内代行を打倒するきっかけとなった文化祭を主催したメンバーであり、その時のスローガンは「自由への疾走」である。校庭ステージでの「シカゴ」演奏、ヘルメットと鉄パイプでの乱入、警官隊とのもみ合い、長期のロックアウトと自主授業、全員が制服を着用しての全校集会、自ら退陣を宣言する山内代行の姿など、今でも鮮明な思い出として各自の胸に残っているとのこと。
その一方で、かの安楽先生から制服、制帽の正しい着用、麻布式の礼の仕方、自校体操、麻布ボールを直々に指導され、紛争前の古き良き麻布を知っている最後の世代でもある。
久しぶりにみる仲間、なつかしい母校の校舎のかわりない姿に、皆、感銘ひとしおといったところだった。
以下は、当日の卒業生の声。
「休日にもかかわらず、及部先生、木村先生、平野先生には、2つ返事で参加をご快諾いただき、先生方の温かいお気持ちには、本当に感謝の言葉もありません。また、事務室には、休日にもかかわらず、事務の方がわざわざ出てきてくださって、クーラーボックスなどをご親切にあれこれと用意して下さり、酒屋さんも、本来ならば日曜日は休みなのに、卒業生のOB会と聞くと特別に配達して下さる等、いろいろご配慮戴き、改めて母校の温かさ、ありがたさ、ご親切が身に染みました」「及部先生の乾杯のスピーチで、私も還暦だよという及部さんの言葉に、時の流れを感じました。でも当時の先生方は、今の我々よりもはるかに年下だったんですね」
そして、先生方からは、「君達に比べれば、今の生徒は本当素直で可愛いもんだぞ」「あの頃のことは思い出したくもない」「君達のお陰で、何事にも動揺しない教師になれたようなものだ」などユーモアたっぷりの、そして愛情あふれる挨拶で、爆笑が続き、生徒も先生も、とたんに年を忘れ、30年前の懐かしい昔にタイムスリップしてしまったのであった。
一緒に卒業した先輩も来て、「懐かしいね。こうやって、やはり肩書きを忘れて、こうしてガキの頃にもどってつきあうことがいいんだよね」と言っていたがまさにそのとおりである。
最後に校歌斉唱。禁じられたと聞くと、逆にどうしても歌いたくなるのが麻布生の反骨根性。しっかりと3番まで唱い、記念写真撮影。その後、有栖川公園の坂下の店々に繰り出し、遅くまで懐かしい広尾周辺で旧交を温めあった。
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| 校歌斉唱 | 全員写真 | ||
