藤原帰一氏講演会「『正しい戦争』は本当にあるのか」

 2004年2月7日(土)午後1時から、図書館ブックフェアー「グローバル」の講演会として、藤原帰一氏の講演会が「『正しい戦争』は本当にあるのか」と題して行われました。藤原氏は、1975年卒の本校OBで、現在は東京大学大学院法学政治学研究科・法学部教授で、国際政治をご専門とされています。

 藤原氏はまず、こんな問いかけでお話しを始められました。「憲法第九条が大事であるといいつつ、しかしわれわれはアメリカに守られているのではないか?」「ヴェトナム戦争におけるヴェトナム人民の戦いを正しいというのであれば、それは戦争反対と矛盾するのではないか?」「ブッシュのいう『正義の戦争』には辟易してしまうかもしれないが、ナチスのようなファシズムに抵抗しなくてよいのだろうか?」このような問いから出発して、藤原氏は「軍事力で脅すことで平和が維持されることはある」と言い切ります。そしてすぐにこう付け加えられました、「でも軍事力で脅すことで、逆に戦争に発展することもある」と。

 そもそも「正しい戦争」という考えは、古代ローマのキケロに遡るのだそうです。そこから藤原氏は戦争観の歴史を概観し、今の戦争観、または「正しい戦争」という考えの特殊性を浮き彫りにされました。改めて考えてみると、最近の「正しい戦争」論には、国家はデモクラシーでなくてはならないといった前提が見え隠れしていますが、これは以前には国際政治の前提になどできないものでした。ソ連をデモクラシーの国家と信じる人は世界では多くなかったでしょうが、しかし「ソ連は独裁国家だから倒そう!」なんていう人はほとんどいませんでした。冷戦の終結とアメリカの一極的な支配という構図が大きく国際政治や戦争観をも変えていることがわかりました。

 その上で、藤原氏はだからこそいま「正しい戦争」について、きちんと考えるべきだと力説されました。平和を維持するために軍事力を使用することはあり得る。でも軍事力に頼らなくてもいい場合だってある。また使うとしても、誰がどのように軍事力を行使するのか限定しなくてはいけないということなのでしょう。

 藤原氏は人権や民主主義という概念は普遍的な価値を持つものだと思うが、しかしそれが外から押しつけられては意味がないとまとめられました。あくまである地域の「正義」はその地域の人たちが決めるべきものだというのです。いまのイラクや北朝鮮について考えるときに忘れてはならない言葉だと思いました。

  約一時間半の講演の後、質疑応答に移りました。「北朝鮮という国を放置しておくべきなのか?」「子供に対して『勉強しろ』ということと、イラクに対して『〜しろ』というのはある意味同じことになってしまうのか?」「日本の民主主義についてどう評価するのか?」などいろいろな質問が出ました。その都度、藤原氏は丁寧に応対してくださいました。でも印象的だったのは、藤原氏は決して「解答」をおっしゃらないことでした。わざとはぐらかして、似たようなケースではどのように考えるかと質問者に質問を投げ返したり、極端な場合や私たちが日頃気づかない問題を取り上げて、それを含めて考えたらどうだろうか、と考えるヒントを与えてくれるのです。藤原氏は「たった一回の講演だけで、答えをもらおうなんて思わないで欲しい」とおっしゃっていましたが、それは、さまざまなそしてもっともらしい言説がうずまいている現在、あまり語られていないことにも注意を払いつつ、また広い視野を持って、あくまで自分の頭で考えぬけ、という私たちへの重要なメッセージなのだ、と思わずにはいられませんでした。

講演する藤原氏。 小視聴覚室は超満員。立ち見や通路までもぎっしり。

   


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