生物系OBの会2005

  2005年11月19日、麻布学園・生物大実験室におきまして「第2回・麻布生物系OBの会」が行われました。この会は、生物学関係の職業に携わっている麻布OBが、幅広く交流できることを目的として、中山伊佐男先生の発案をうけて始まったもので、2004年9月に続き、二回目の開催でした。

------------------------------------------------------------------------

 今回の参加者は27人。第1回の15人に比べて倍近くに増えました。職業も、研究者だけでなく、企業の方、医師、教員、学生など様々で、第1回以上の盛会となりました。(写真は下をご覧ください)

------------------------------------------------------------------------

 まずは、何をおいても提唱者の中山先生。
 理科教育に関して国際学会で発表なさった時に英語で大変だったという話から、ライフ・ワークとして取り組まれている、米軍による日本空襲の資料解読の話まで、中山先生の半生といってもよい内容でした。
 この資料解読は、米国の公文書館から機密指定が解除された資料を入手、それを精読して解明していくという地道な作業の積み重ねだそうで、大学生と共同で続けていらっしゃるそうです。その成果は本になり、講演に呼ばれることも多い(NHKの番組でも取り上げられた)そうです。個人的に印象的だったのは、資料の中のカレンダーでは、8月15日は空白で、9月2日に「V-day(勝利の日)」とあったという話です。あの戦争に対する、内外の認識の差を象徴するような話だなぁと思ってしまいました。

------------------------------------------------------------------------

 続いては、今回の目玉、石川冬木先生(1976年卒・京都大学・大学院生命科学研究科・統合生命科学専攻)の特別講演。

「地球の歴史は地殻の層にあり、すべての生物の歴史は染色体にきざまれている−木原 均(1946)」
 石川先生は、専門外の人間や研究を離れた人間にもわかりやすく工夫して下さり、とても刺激的なお話でした(詳しい内容は、後ほど)。

------------------------------------------------------------------------

 最後には、参加者の自己紹介。半生記あり、専門的の話題あり、師弟が麻布OBだということを互いに知らなかった話あり、麻布時代の部活の話あり……、とさまざまな話が飛び出し、予定時間を大きくオーバーして終了しました。

------------------------------------------------------------------------

"第3回に向けて、幹事役を、野村港二さん('78卒)にお願いすることになりました。野村さんには、第2回に続けてお世話をおかけします。

より多くのOBとの交流が実現するよう、可能ならば現役生も含めての交流が実現するよう、この集まりに興味をお持ちの方、協力して下さる方は、野村さん(daucus@sakura.cc.tsukuba.ac.jp)まで御連絡をお願い致します。

(文責:佐野芳史・'82卒)"


------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------

 

石川冬木先生 特別講演

「地球の歴史は地殻の層にあり、すべての生物の歴史は染色体にきざまれている−木原 均(1946)

------------------------------------------------------------------------

 冒頭、石川先生から、演題について、麻布にとって、そして日本の生物学にとって、偉大な先人である木原均先生の言葉をとったものだという説明があり、石川先生の麻布への思いを参加者が共有することができました。そして……、講演が始まります。

・癌は、なぜ一見自律的に悪性化するのか?
 発癌の土台に、突然変異があることは広く知られているが、もう一つ、エピジェニックな変化が関わっている可能性があること。
 “ダーウィン進化論”の視点――集団内の遺伝的な異質性=不安定性に対して、環境から淘汰圧がかかるという視点――から、癌を見ることができるということ。
 (たとえば、N-Ras(+)・K-Ras(-)の癌を治療して再発した際に、N-Ras(-)・K-Ras(+)であったりする。これはN-Ras(+)が淘汰され残った中で、K-Rasの変異が起きて癌化したと見ることができるそうです)

・テロメアとDNAの安定性
 DNAは環状では安定であるが、線状では不安定であること。
 ほぼ全ての原核生物は環状染色体であること。
 すべての真核生物のゲノムは線状であること。
 ここから、テロメアの一義的な意義が末端の保護と考えられるということ。
 (たとえばテロメアがない染色体末端同士は容易にくっついてしまう。すると染色体は2個の動原体をもつことになり、非常に不安定になるそうです)

・テロメアと末端複製問題
 DNAの半保存的複製では、DNAポリメラーゼがプライマーを必要とする関係で、二本鎖の一方で末端を複製できないこと。
 そのため、DNAの複製を繰り返すと末端のテロメアが短縮すること。
 テロメアが短小化が増殖を抑えること(細胞の老化)。このことによって、加齢現象の一部が説明できること。

・末端複製問題とテロメレースと癌
 テロメレースは、RNAを鋳型としてテロメア配列を防ぐこと。
 (テロメレースは、唯一の生理的逆転写酵素だそうです)
 テロメレースは、一義的に生殖細胞系列で必要なこと。
 (たとえば、テロメレース欠損マウスでは、テロメアの短小化が起こり、不妊化することが示されているそうです)。
 テロメレースを皮膚で強制発現させると、癌が発生すること。
 (テロメレースの特異性が低いため、DNAの損傷をきっかけにテロメレースが異常な位置にテロメアをつくるそうです)

・テロメレースの進化
 RNAワールド仮説で考えたとき、RNAポリメラーゼは末端の複製ができるので、RNAワールドでは末端複製問題がないこと。
 テロメレースが進化したことから考えると、DNAワールドでDNAポリメラーゼが複製を担うようになった際に、末端複製問題が生じたと考えられること。
 (つまり、“化学的生命”は線状DNAで始まり、テロメレースが進化、環状DNAはその後に生じたと考えられるそうです)

・テロメアの構造と機能と意義
 テロメアはDNAにタンパク質因子が結合した複雑な構造で、複製がしにくいこと。
 DNAの複製がストレスを受けると、テロメアの機能が異常になりやすいこと。
 テロメア構造は、M期にはロックされているが、S期には一時的に解けること。
 こうしたことから考えると、テロメアは線状DNAの維持に必須であるが、多大なエネルギーを要すること。
 直感的には、線状DNAの維持にメリットがあると思えない。では、何故もっているのか?

・なぜ有性生殖か?
 減数分裂は有性生殖に必須であること。
 大きなコストを払って有性生殖を維持するのは、遺伝子プールを共有するためだということ。

・線状DNAをもつ意義
 すべてのゲノムが環状DNAの真核生物は報告がないこと。
 分裂酵母(n=3)で、3本とも環状DNAとなった変異体が得られていること。
 (テロメラーゼ欠損株からのサバイバーとして得られた変異体では、3本とも自己環状化していたそうです)
 3本とも環状DNAとなった変異体は増殖することから、真核生物の体細胞分裂には「線状」は必要ではないこと。
 この変異体の2倍体は、対合過程に異常があり、正常な減数分裂ができないこと。
 つまり、減数分裂には「線状」であることが必須であり、そのためにテロメアが必要だと考えることができること。
 (残念なことですが、対合のメカニズムについてはわからないことが多く、いくつかの仮説が出ているものの、説明できない部分が多く残っている――しかし、言い換えれば、これから面白い分野だそうです)。

 生命誕生の秘密から、進化、そして、加齢、癌……、様々な話題が登場し、多様な現象にテロメアが関わること、そして、テロメア研究が活発に進んでいることをビビッドに伝えてくださった講演は、専門外の人間、研究から離れてしまっている人間にも熱い研究の雰囲気が感じとれる、ほんとうに素晴らしい時間でしたが、多くの聴講者からもっと聞きたいという声が出る中、幕を閉じました。

------------------------------------------------------------------------

 なお、以上の報告は、石川先生の講演を、佐野('82卒)がメモ・理解した範囲での報告であり、内容等の誤りの責任は佐野にあります。

(文責:佐野芳史・'82卒)

------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------

参加者自己紹介抄録&懇親会風景
 ★藤伊さん('51卒):
 芝と正則が、麻布に同居していたという話と吉川先生の話。
 ★菱沼さん('75卒):
 第1回に続く出席。メバロチンの臨床テスト(日本全国4000人×2グループ・10年)の熱い話。
 ★細谷さん('75卒):
 細胞分裂とか、ミドリゾウリムシの細胞内共生とかの話。
 ★松田さん('75卒):
 WWFと捕鯨、持続可能に寄与することが大切という話。
 ★渡辺さん('77卒):
 第1回の幹事役に続く出席。理研で……、えーと、メモがない。ごめんなさい。
 ★原口さん('78卒・麻布学園・教諭):
 DNAの模型作らせたら、5'→3'を同じ方向で二重らせんにしましたという話と、古細菌の進化的な位置なんか研究してましたという話。
 ★野村さん('78卒):
 第1回に続く出席で、今回の幹事役。ごめんなさい、メモ取ってませんでした……。
 ★都築さん('80卒):
 大脳生理学で、グルタミン酸受容体の研究してますという話と、麻布の特別授業でいろんな先生を手配しましたという話。
 ★佐野('82卒):
 第1回に続く出席。生物のプロの皆さんに「生物の本を書いてます」と無謀な話を。
 ★橋本さん('82卒):
 医療・経営などを含む病院の質の向上を研究・実践していますという話(で、いいんだよね?)
 ★中村さん('82卒):
 医者やってます。で、えーと、何だっけ……、メモがない。ごめん。
 ★東原さん('85卒):
 麻布ではテニスばっかりやってました、今は、カイコフェロモンの受容体だとか、哺乳類(マウス)のフェロモンだとか、におい教育を考える会だとか、やってますという話。
 ★吉田さん('85卒):
 受精とか精子のシグナル伝達やってますという話だったと思います……。メモが取れてませんでした、ごめんなさい。
 ★佐々木さん('86卒):
 胚生期にだけ発現する神経接着分子が、脳梗塞でも出るという話で、脳梗塞後の再生につながるかもという知的冒険談。
 ★西頭さん('86卒):
 骨形成因子受容体から小胞体ストレスとコンフォメーショナル症へ。異常タンパク質が蓄積するとアポトーシスが起きて……、とメモにありました。
 ★今泉さん('87卒):
 アミノ酸発酵やシグナル伝達やトランスクリプトームなんか解析してますという話。そして、会社勤務が少ないなぁ、だそうです。
 ★赤染さん('87卒):
 性分化や性ホルモンの遺伝子発現をやっていると名簿に……。すみません、メモを取れませんでした。
 ★橋本さん('87卒):
 ラグビー部でしたという話と、ツキノワグマの生体やってますという話。
 ★奥脇さん('91卒):
 第1回に続く出席。何を話したっけ……、あれ、メモがない……。ごめんなさい。
 ★伊藤さん('91卒):
 ポンベ(分裂酵母)で、細胞周期やってますという話。
 ★今岡さん('92卒):
 D論では乳腺の発生・分化の分子機構をやって、今は、乳癌発症の分子機構やってます、遺伝子マイクロアレイなんか使って研究してますという話。
 ★和田さん(95卒):
 第1回に続く出席。人間の感覚(時間知覚)の面白い実験やってますというお話。
 ★乾さん('97卒):
 D3で、ゼノパスで循環系の発生とかやってますという話。
 ★遠藤さん('98卒):
 爬虫類の性決定の分子機構を、遺伝性決定のヒョウモントカゲモドキと、温度性決定の種をつかって比較研究してますという話。
 ★川島さん('98卒)
 第1回に続く出席。今回も最年少でした。で、前回に引き続き、あれこれと研究に困っているという話。
------------------------------------------------------------------------
 最後は、可能な人たちで懇親会。中華のお店でしたが、中国の曲芸が入るなど、なかなか楽しい時間でした。

 テーブルが分かれてしまいましたが、それぞれ大いに食べて飲んで、気持ちよく酔っぱらった方もいて……。さらに、一部の人間は二次会と称して喫茶……、深夜、西麻布の交差点で解散となりました(中には、三次会の方も……)。

(文責:佐野芳史・'82卒)

------------------------------------------------------------------------